食糧問題と移民問題と労働力の確保と...。

この話を読んで、4月17日の視点・論点とリンクしました。まだNHKのブログでは更新されていませんが、食料自給率の問題は経済的な問題だけではなく、国家がどうあるべきかという戦略にもとずくべき問題だと、出演していた鈴木宣弘氏は言っていました。

米国の基礎自給食料といわれる酪農製品は、米国の保護政策のもとで輸出産品になっている。
保護政策のおかげで、国内販売価格が高価維持されており、そこで生じた国内益を輸出ダンピングへと転嫁することで、酪農製品の輸出国になっている。

という主旨のことを言っていた。
視点・論点のページが更新されたら、もう一度、読み直してみよう。

2008年04月17日 (木)視点・論点 「食料自給率向上の課題と展望」

東京大学教授 鈴木宣弘

●我が国の食料自給率の低さは保護水準の低さの証

最近の国際穀物需給の逼迫や冷凍ギョーザ事件の影響で、我が国の食料自給率の低さに関心と不安が高まっています。
我が国の食料自給率が39%にまで落ち込んでいる大きな要因は、端的に言えば、関税水準が低いからです。もし関税が高ければ、我々の体のエネルギーの61% もを海外に依存するほど、大量の輸入食料が国内に溢れるわけがありません。言い換えれば、我が国の農産物市場が閉鎖的だという批判は間違いだということがわかります。
我が国の農産物の関税率は、この図のとおり、約12%で、EU欧州連合)の20%、タイの35%、アルゼンチンの33%よりもはるかに低いのです。品目数で農産物全体の1割程度を占める最重要品目を除けば、野菜の多くの3%に象徴されるように、残り9割の農産物の関税率は極めて低く、すでに激しい国際競争にさらされています。
関税が低くても、もし手厚い国内保護があれば、生産を維持できる可能性はあります。しかし、我が国は世界に先んじてコメや生乳の政府価格を廃止したため、WTO(世界貿易機関)に登録されている削減対象の国内保護額は、この表のように、絶対額では今や EUや米国よりもはるかに小さいのです。しかも、実は、米国は保護額を過少申告しており、この額の2倍近い保護を温存しているのです。


●欧米諸国は手厚い国内生産振興策で食料自給率・輸出力を高めている

我が国の自給率の低さは保護水準の低さの証ですが、逆に言うと、欧米諸国の自給率・輸出力の高さは、手厚い国内生産振興策の結果なのです。
欧米で、我が国のコメに匹敵する基礎食料といわれる酪農品の国際競争力は、オーストラリアとニュージーランドが突出して強いので、EUも米国も海外からの輸入を閉め出しておいて、国内価格を支えることによって生じた余剰は補助金ダンピング輸出することで、本来なら輸入国のはずの国が輸出国になっているのです。競争力があるから輸出しているのではないのです。
酪農だけでなく、米国の穀物(コメ、麦、とうもろこし、大豆等)や綿花も同様で、手厚い国産振興策が国内需要をはるかに上回る生産を生み出し、そのハケ口が実質的な輸出補助金で用意され、結果的に100%を超える自給率が達成される構造を見落としてはなりません。
イギリスが一度低下した自給率を高めることに成功した大きな理由も、EU加盟により、EUの共通農業政策に基づく手厚い農業支援を受けられるようになったことであり、やはり保護の結果なのです。


●さらに下がる? 我が国の食料自給率

かたや、我が国は、自給率を現状の39%から45%に引き上げることを当面の目標としていますが、実は、逆に、さらに下がることのほうが心配な状況なのです。
現在、政府間交渉が進められている日豪間の自由貿易協定が、かりにも、関税撤廃の例外を認めないような形で成立すれば、自給率は30%まで下がるという試算があります。さらに、オーストラリアに門戸を開くことは、日本への食料輸出で競合する米国、EU、その他の国々にも同様の条件を求める声が強まるし、そもそも、我が国の経済界には、日米の自由貿易協定(FTA)を求める声が強まっています。こうした流れが加速すれば、農林水産省が、世界に対して全面的に関税撤廃した場合の試算値として示した12%という水準に向けて、我が国の食料自給率が低下していく懸念が現実味を帯びてくるのです。
貿易を自由化すれば、競争力が備わり、自給率が高まるというのは空論です。例えば、日本の農家一戸当たり耕地面積が1.8haなのに対して、オーストラリア西部の穀倉地帯で私が訪ねた農家は、5,800haの麦と豆類の輪作を2.5人程度の労働力で経営していましたが、それでも地域の平均より少し大きい程度だというのです。この現実を無視した議論は理解に苦しみます。日本の食料生産は競争力が備わる前に壊滅的な打撃を受け、自給率は限りなくゼロに近づいていくでしょう。
また、自由貿易協定で仲良くなれば、日本で食料を生産しなくても、例えば、オーストラリアが日本人の食料を守ってくれるという議論もありますが、これは甘すぎます。食料の輸出規制条項を削除したとしても、食料は自国を優先するのが当然ですから、不測の事態における日本への優先的な供給約束の実効性はないに等しいでしょう。すでに、最近の国際穀物需給の逼迫を受けて、インド、ロシア、アルゼンチン、ベトナム等が、自国の食料確保のために、コメや小麦の輸出規制を相次いで導入する動きが出ていることは注視すべきです。EUも、あれだけの域内統合を進めながらも、まず各国での一定の自給率の維持を重視している点を見逃してはなりません。
米国も、100%大きく上回る十分な自給率を維持しているから、対外交渉で自給率低下の懸念を主張しないだけで、実は食料自給率と国家安全保障の関係を非常に重視していることは、ブッシュ大統領が、「食料自給できない国を想像できるか、それは国際的圧力と危険にさらされている国だ」というフレーズを演説でよく用いていることにも表れています。


●狭義の経済効率を超えた総合的判断基準の必要性

世界的なコメ貿易自由化の影響をシンプルなモデルで試算してみると、この表のように、日本の生産者の損失と政府収入の減少の合計は1.1兆円にのぼりますが、消費者の利益が2.1兆円にのぼるため、日本トータルでは、1兆円の「純利益」があるというのが、狭い意味での経済的利益です。
しかしながら、同時に、わずか数%というようなコメ自給率の大幅な低下によるナショナル・セキュリティの不安、水田の減少による窒素過剰率の1.9倍から2.7倍への大幅増加による環境負荷や、乳児の酸欠症、消化器系がん、糖尿病、アトピー等の健康リスクの増大、バーチャル・ウォーターの22倍の増加(これは、水の豊富な日本で大量の水を節約し、すでに水不足の深刻な輸出国の環境負荷を高めるという国際的な水収支の非効率を生むことを意味します)、それから、フード・マイレージの10倍の増加、つまりコメ輸送によるCO2排出が10倍になる、といったマイナス面も多くなることが示されています。さらには、稲作の崩壊により、オタマジャクシは約400億匹、カブトエビは約40億匹、秋アカネは約4億匹が死滅する可能性もあります。


●日本の将来に禍根を残さない議論を−消費者と生産者の「きずな」回復に向けて

韓米FTAの政府間合意が成立したから、我が国も米国とのFTAを締結しなくてはならない、という論理には、あまりに短期的な関連産業の利益追求しか見えて来ず、日本の将来を見据えた長期的、戦略的視点というものが感じられません。
世界に例のない食料の海外依存度の高さになっている我が国が、さらに食料貿易の自由化を徹底すれば、一部の輸出産業の短期的利益や安い食料と引き替えに、長期的に失うものも大きいのです。十分な議論を尽くして、それでも、食料自給率のさらなる低下はやむを得ないと国民の皆さんが判断するなら、それは仕方ないですが、社会全体での議論を尽くすことなく、拙速な流れを許せば、日本の将来に取り返しのつかない禍根を残すことになりかねません。
スローフード運動発祥の地イタリアには、消費者と生産者が共に地元の味を誇りにする気運があります。安い農産物がイギリスやフランス等から大量に入ってきてもおかしくないのに、少々割高でも、地方の伝統的な農業や食文化が守られています。
また、北イタリアの水田地帯では、水田の持つ水質浄化機能、生物多様性の維持、洪水防止機能のそれぞれを評価し、米価には反映されていない便益へ市民が払うべき対価として、それらを根拠にした直接支払いを稲作農家に対して行っています。
我が国でも、生産者と消費者との絆を強化し、高くても国産を大事にし、価格に反映できなければ、財政から多様な価値への対価として支援することへのコンセンサスが生まれないと、日本農業・農村の疲弊、食料自給率の更なる低下を食い止めることはできないと思います。

http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/400/8382.html