第五福竜丸

去年のことだけど、夢の島熱帯植物館に行ったついでに、都立第五福竜丸展示館を覗いた。たまたま通って初めてこんなところに第五福竜丸が置いてあることを知った。

第五福竜丸の事件は、単に原水爆の恐ろしさを伝えるという面でも重要な資料なのだが、それ以上に、外交の重要性を後世に伝えるための事件だったと思った。

現在の例で言えば、北朝鮮との外交になるだろうか。いまの日本の世論では「国民を守ることが国益」という考え方のようであるが、当時の日米関係においては日本は国民を守ることよりも米国との友好関係を重視し強く訴えることが出来なかった。*1

核の脅威というエモーショナルな面に焦点を合わせがちだが、核を軸とした交渉力に注意を払わなければならないと感じる。そもそも、なぜ核を拡散させてはならないのかという点が実は不明なのだ。米ソの冷戦時代に始まった概念をいまだに誇示しているのは、実は核兵器が問題なのではなく、エネルギーが問題なのではないだろうかと疑ってしまう。
ちょっと違った角度からもう一度、見直してみると新しい発見があるかもしれないな。環境問題やら核問題やら。

*1:というか、残念ながらアメリカに無視されたというべきか。