メモなんだが。

NHK BS-2 アニメギガ押井守スペシャルをみた。
押井守の映画は眠くなるので好きではない。しかし、一般に名画とされている映画はすべて眠い。昔の映画だから現代のようなテンポがなくて眠くなるという理由もあるだろうが、眠くなる映画は名画だという論もあるかもしれない。

それはともかく、押井守の作品は書きたいから書きましたというシーンが多い。ストーリーや作品の必然性によって生じたカットではなく、単にこういうシーンを書きたかったというだけの脈絡のないものが多い。好きか嫌いかでゆうと嫌いだ。
で、そういうシーンというのは何かのパロディなのだろうとは思っても映画をみない僕にとっては、それが何のパロディかも分からないので、書きたいから書いたという考えを支持する知識がなかった。
今回のNHKの放送のおかげで、なんかのパロディなんだなということが分かって安心した。

で、気付いちゃったことがある。書きたくて書いちゃったものは引用・何かにインスパイアされちゃった系であるということ。そして、それをさらに一般化すると、言いたくていっちゃう系・俺に語らせろ系という場合に、そこで語られる内容というのは大部分が誰かの引用なんじゃねぃか説である。
本来、演説というのは面倒な作業である。自らの言葉を発するのは非常に高いコストが必要になる。演説の背景には膨大な思索がいる。しかし、その思索を外注しちゃったらこれほど楽なものはない。簡単にプレゼン資料が手に入るなら、そりゃぁ誰でも語りたくなるよな!!

というわけで、仕方なしにしゃべっているわけでもなく、言いたくて言っちゃっている人のその中身はほとんどが引用であると思って間違いないのではないだろうか?